昔の話?
…いいぜ、聞きたいんだろ?
俺もお前にそろそろ話してもいいと思ってたんだ。丁度いい。
長くてもいいなら話すぞ。
俺が生まれた、というか、自我を持ち始めたのはまだデータ上の存在だった頃だ。
それから少しして、俺を誰かの身体に移す実験の話が出た。
俺はその話を聞いた時、すげえ嬉しかった。ついに念願の身体を手に入れるんだからな。研究員も浮足立ってた。
で、実験が行われて、目を覚ましてみれば自由に動く身体…と思いきや、身体が勝手に動くわ喋るわで。
研究員の野郎ども、失敗しやがったんだよ。あいつの意識は残ってたんだ。
あいつはその時状況をよく分かってなかったみてえなんだが、あいつ、混乱もしないでとにかく話しかけてきたんだよ。
俺は実験の失敗と研究員どもへの不信感と上手く動かない身体のせいで、イラついてまともに相手もしなかったんだけどな。
それでもあいつは話しかけてくるんだ。
…俺が来るまでずっと一人だったから、話し相手ができて嬉しいんだと。
こいつ、バカかと思ったな。考えてみろ、自分の身体に別のやつ、しかも野郎が入った状態でそれだぜ?
まあ、俺もそのうちやることもないし怒るだけ無駄だって気づいたから、あいつの話を聞くだけ聞いたんだ。
研究員どもは本当にクソ野郎だ。俺が生まれるまで、あいつはひでえ実験ばっかやらされてたみたいだった。身体的にも、精神的にも反吐が出るレベルの。
でも、あいつはその頃からあんなんだったから、苦にも思ってなかったらしい。
というか、比較対象がなかったんだろうな。あの実験の辛さと比較する、幸福体験が。
俺が入ってから一ヶ月かそこらかで、放置してた研究員どもがあいつの観察だとかなんとかで、また実験を始めたんだ。
最初の実験のとき、まだ俺とあいつは交代が上手くできなくて、二人で受けたようなもんだったな。
………。最悪だった。言うのも憚られる。
あんなのをいつも受けるなんて、考えたくもなかった。
二回目から、あいつはどうやったんだか知らねえけど、身体の主導権を俺から奪うようになった。
俺にあんな実験を受けてほしくないんだと。
俺は抵抗したんだが、ダメだった。何回言ってもあいつは聞かなかった。
抑えられてる間、俺は実験所をあいつと脱走する計画を考え出した。
ま、そんなことしなくても研究所が潰れたんだけどな。
あそこを出るとき、あいつこう言ったんだ。
どうやって生きていけばいいのかわからない。ずっとここにいたから、外がわからない。
ボロボロだった。俺は実験所にいたとき、あいつに何もできなかった。ほんと、バカだったよ。
俺はあいつがいないと存在できないし、実験所で大きな借りがある。
だから、俺はあいつを生かして、借りを返す約束をした。
あいつが覚えてるのかわからねえけどな。
でも、俺は絶対に忘れない。忘れてはいけない。そのために俺は存在してるんだ。
…つまんねえ話聞かせて悪かったな。
あいつには絶対話すなよ。思い出させるなんて残酷すぎる。
あんなの覚えてるのは、俺一人で十分だ。