「人間の記憶力は本来、そんなに良くはねえ。しかも、年を取れば衰える。」
彼は可愛らしい形をしたキャップを、器用にくるくる回しながら話した。
「あいつの記憶力に限って言えば、もう最悪だな。元々アホだし。………それでも、人より異常に衰えてんだよ。本人も気づかないぐらいの遅さで。」
キャップはまだまだ回った。
「実験所にいたのは数年前だけど、もうあいつの中ではそのへんも怪しい。多分、俺と初めて会った頃も忘れてる。最近なんか一ヶ月前のことも忘れてたりしてんだぜ、知ってたか?」
自嘲気味に笑う彼は、キャップを回す手を止め、再び深くかぶり直した。しばらく、沈黙。
「でもよ、人間忘れて当然なんだ。際限なく覚え続けてたらいつかは爆発する。特にあいつはそうだ。昔なんて何一つ良い思い出がなかったから、忘れた方が幸せにきまってる。」
一言一言、言葉を選ぶように彼は話した。昔のことを思い出しているのだろうか。
「俺は忘れない。忘れられない。あいつの分まで覚えてねえといけない。いいよなあ、あいつは。ほんと、羨ましいよ。」
キャップの向こうの、彼の表情はうかがいきれない。それでも彼の口は笑っていた。